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大阪地方裁判所 昭和28年(ワ)488号 判決

原告 山発興業株式会社

被告 株式会社住友銀行

主文

被告は原告に対し金三百万円及びこれに対する昭和二十八年二月二十二日より完済まで年六分の金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

本判決は原告において担保として金百万円を供託するときは仮りに執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は主文第一、二項同旨の判決並に仮執行の宣言を求め、その請求原因として、原告会社は訴外藤田末治、櫛田元一、紀保雄、中西助三、北川堯茂、木村清治及び中村栄が発起人となり、石炭、鋼材、金属並に繊維製品の卸販売業を営むことを目的とし、会社が発行する株式の総数二万株、一株の金額五百円、会社の設立に際して発行する株式の総数六千株、の株式会社として昭和二十七年十二月二日に設立された会社である。而して原告会社の右設立に際し、株金払込取扱銀行である被告銀行西野田支店が原告会社発起人の請求により同年十一月二十九日株金三百万円につき払込があつたものとして右払込金に関し保管証明書を作成交付したので、原告会社はこれに基き同年十二月二日設立登記手続を了し設立されたのである。然るに被告は右払込は現金によらず訴外旭縫工有限会社発行の小切手によつてなされ、しかも右小切手は支払われなかつたので結局払込がなかつたことに帰着すると主張し、右払込金の返還を拒絶するが、払込金額につき証明した被告はかかる事由を以ては原告の請求を拒否できないので被告に対し右保管証明に係る金三百万円並にこれに対する本件訴状送達の翌日である昭和二十八年二月二十二日以降完済迄商法所定の年六分の割合による遅延損害金の支払を求めると陳述し、被告の抗弁事実を否認し、被告は保管証明をした金額を返還すべき義務あること商法第百八十九条第二項により明かであり、また本件保管証明書の作成交付に際し、仮りに発起人において被告に対する欺罔行為があつたとしても、発起人と別個の存在である原告の関知するところでないのみならず、原告会社設立後は本件保管証明を取消すことはできない。と述べた。〈立証省略〉

被告訴訟代理人は、原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする、との判決を求め、その答弁として原告主張事実中、原告会社の営業目的、株式総数、一株の金額が原告主張のとおりであること並に被告銀行西野田支店が原告会社の株金払込取扱銀行として、原告主張の日に原告に対しその主張のような払込株金保管証明書を作成交付し、原告主張の日に原告会社の設立登記がなされたことは何れもこれを認めると述べ、なお抗弁として原告会社は全然株金の払込がないから株式会社としては不存在であり商法第百八十九条第二項の適用の余地はない。被告銀行西野田支店は昭和二十七年十二月三日原告会社代表取締役藤田末治に本件払込金三百万円を支払つたから、被告の保管金返還債務は既に消滅した。尤も右藤田等は、右支払を受けた三百万円を以てさきに原告会社発起人が被告銀行右支店に別段預金として預け入れ後に不渡となり、入金を取消された金額三百万円、振出人旭縫工有限会社、支払人三和銀行関目支店なる小切手を買戻したが、これによつて右支払がなかつたものとすることはできない。仮りにそうでないとしても原告主張の保管証明書は原告会社発起人中村栄、渡辺喜八郎等が同じく発起人藤田末治と共謀して昭和二十七年十一月二十九日右支店の行員である訴外丸山幸男に対し、払込金三百万円は午後持参するからと申欺き、右丸山はこれを信じ、右支店預金副係長訴外百武某と話し合の上右藤田等持参の金額三百万円振出人旭縫工有限会社支払人株式会社三和銀行関目支店なる小切手一通を別段預金とし、同預金より現金を引出し、同現金を払込株金として預け入れる一連の手続をした結果発行交付するに至らしめたものであり、右証明書発行行為は右発起人の詐欺に因る被告銀行職員の意思表示に外ならないから、右発起人等の地位を包括的に継承した原告に対し本訴においてこれが取消の意思表示をする。仮りに発起人はその資格において他人を欺罔することができないとしても、右詐欺は第三者が行つた場合に当り、且つ右事実は原告会社の発起人であり後に代表取締役となつた前記藤田の知れるところであるから、右同様取消の意思表示をする。よつて何れの点から見ても原告の主張は理由がないと陳述した。〈立証省略〉

理由

原告が請求の原因として主張する事実中、訴外藤田末治及び中村栄が原告会社の発起人であつたこと、原告会社の目的、発行株式の総数、一株の金額等が原告主張のとおりであること、原告会社発起人の請求により被告銀行西野田支店が昭和二十七年十一月二十九日原告会社の株金払込取扱銀行として三百万円の株金の払込を受けこれを保管せるものとして払込株金保管証明書を作成交付したこと、及び同年十二月二日に原告会社の設立登記がなされていることはいずれも当事者間に争いがない。

被告において、原告会社は株金の払込が全然なされていないから、株式会社として不存在であると主張するけれども、原告会社は設立登記がなされているのであるから、設立無効の判決もないのに単に右事由のみによつて株式会社として不存在であると断ずることは許されなく、右抗弁は採用の限りではない。

そこで成立に争いのない甲第一号証、同乙第一、三号証、証人丸山幸男の証言により成立を認めることができる乙第二号証の一乃至二十三、同第四号証の一、二並に証人中村栄(日時の部分を除く)丸山幸男、田中辰男の各証言を併せて考えると、

原告会社の設立の企画に参加してその発起人総代藤田末治等と共に設立事務に当つていた訴外渡辺喜八郎(被告は発起人であつた旨を主張しているがこれを認めるに足る証拠がない。但し乙第二号証の一乃至二十三によると同人は原告会社の株式五百株の引受人になつており、五百株以上の引受人は同人の外三名であるから、相当有力なる地位にあつたものと推認される)が、当時被告銀行西野田支店の預金係に勤務していた訴外丸山幸男と親戚の間柄であつたところから、その紹介により右藤田総代は昭和二十七年十一月二十五日右支店に対し株式募集及び払込金代理受入を依頼して、被告銀行を株金払込取扱銀行に又同支店をその取扱場所に指定したこと、

右渡辺及び原告会社発起人中村栄は、株式引受人により全然株金の払込がないのに拘らず、同年十一月二十九日右支店において右丸山に対し、小切手を交付するから右中村栄外二十一名の株金三百万円の払込があつたことにして払込株金保管の証明をせられたい旨を依頼して、訴外旭縫工有限会社振出に係る振出日は千九百五十二年十一月二十九日、振出地は大阪市、支払人は大阪市城東区関目町三丁目株式会社三和銀行関目支店なる金額欄は白地の小切手一通(甲第一号証)を、単に預けるだけで交換には廻さないとの約定の下に交付したこと、

丸山行員は右依頼に応じて、自ら右小切手の金額欄白地部分に金参百万円也と補充記入してこれを別段預金に入金の手続をし(誰の名義にしたかは明らかでない)、当時同支店の預金係の主任者として預金の受入、払戻等の権限を有していた副係長百武某に右の事情を説明の上、その了解を得て、支払伝票にその承認印の押捺を受けて直に右預金を払い戻して、これを訴外研屋佳玄外二十二名が設立手続中の原告会社の株式申込証拠金として払込み同会社の別段預金に入金手続をして、その旨の入金伝票(乙第二号証の一乃至二十三)を作成し、百武副係長等の検印を得た上、これを総務係に廻し担当職員に本件払込株金保管証明書を作成せしめて、丸山行員よりこれを前記渡辺及び中村に交付したこと、

右証明書には発行責任者の捺印が欠けていたので法務局の注意により、その後丸山行員に連絡してその補正をけた上、前記中村、藤田等が登記申請書と共にこれを法務局に提出して同年十二月二日原告会社の設立登記がなされたこと、

原告会社の設立と同時に右藤田は代表取締役に、右渡辺は取締役に、右中村は監査役にそれぞれ就任したこと、

丸山行員は同月三日原告会社の登記簿謄本を持つて同支店に来行した右中村に前記小切手を返還したが、これにさきだち右小切手を交換に廻して依頼返却の形式で手形交換所からこれが返還を受けており、前記仮装の払込株金を原告会社代表取締役たる藤田の捺印ある出金伝票(乙第四号証の一、二)により払戻し、その金で右小切手を売戻したことに(何人に売戻したのか明らかでない)帳面上の処理をしていること、

を認めることができるから前記渡辺及び中村と被告との間に右払込金につき現実払込がないのにかかわらず払込あつたものとして保管証明書は作成交付せられたことが明かである。

被告は右預金の払戻及び小切手の売戻の処理を以て本件保管証明に係る払込株金を原告会社に返還したものなりと主張する。しかしながら預合の如きは、本来通謀による虚偽の意思表示であつて、当事者間及び悪意の第三者の関係では当然無効なるにも拘らず、商法第百八十九条第二項においてこれを以て会社に対抗することを得ないものとし、又一方この行為を預合罪として処罰の対象とし、更に非訟事件手続法第百八十七条第二項第十条において右保管証明書を株式会社設立登記申請書の添付書類としているゆえんは、株金払込の確実を期して会社資本の充実を図り、以て会社債権者等の保護を全うせんとするにあるから、払込取扱銀行は払込株金の保管証明をした以上は、必ず現実に右証明に係る金員を会社に返還することを要し、会社との合意によるも、右保管金返還義務と発起人等に対する債権とを相殺し、又は現実に金銭の授受を行わないで、右保管金を返還してこれを以て発起人等に対する債権の弁済に充当する等の処理をして、保管金の返還義務を免れることは許されないものと解すべきである。会社に現実に返還しても代表者が自己の用途に費消する場合もあり得るけれども、この場合はその代表者が横領罪若くは背任罪として刑事上の責任を追及せられることとなるから、これと右の場合とを同一に論ずることができない。しかるに本件においては原告会社の代表者が前記認定の処理を承諾していたことを認めるに足る証拠がないが(乙第四号証の一、二、出金伝票の裏面白地に藤田末治の印鑑が押捺せられていることのみを以てしては同人が小切手買戻の処理迄も承諾していたものと認めることができない)、仮に右は原告会社代表者の承諾の下に行われた処理であつたとしても、これは単に前記の現金の払込がないのに拘らず小切手で保管証明をしたことの後仕末をするため、被告銀行の帳簿上において保管金の払戻をした形式を整えたものに過ぎなく、現実に原告会社にこれが支払をしたものではないから、これを以て本件払込株金保管証明書記載の金員の支払義務を履行したものということができない。

つぎに被告は本件払込株金保管証明書発行の行為を以て詐欺による意思表示とし、これが取消を主張する。しかしながら払込株金保管の証明は観念の通知であつて、意思表示ではない。意思表示に一定の法律効果を与えるのは、行為者の意欲の実現を助けるためであるが、商法第百八十九条第二項が払込株金の保管の証明に一定の法律効果を与えるのは行為者の意欲の実現を助けるためではなく、政策的な目的からである。民法が詐欺若くは強迫による意思表示を取消し得べきものとしたのは、表意者の効果意思の決定が、他人の不当なる干渉により自由に行われていない場合は、表意者が欲すればこれに法律効果を与えないことを至当としたことによるものであるが、観念の通知には効果意思なるものが存在しないから、意思表示と同一に論ずることができない。観念の通知においては他人の不当なる干渉により事実と相違せる通知がなされた場合の効果如何の問題であつて、これを払込株金保管の証明につき考えるに、詐欺若くは強迫により事実に反する証明がなされた場合は商法第百八十九条第二項の適用が排除せられるか否かの問題である。しかるところ、同法条の前記立法の趣旨に鑑みるも、将又同法第百九十一条において会社成立後の株式引受人の詐欺若くは強迫を事由とする株式引受の取消を制限していることとの権衡上より考えるも、詐欺若くは強迫により事実と相違せる払込株金保管の証明をした場合にも、会社成立後はこれを事由として会社に対する右証明に係る金員の支払義務を免れ得ざるものと解するを相当とする。加うるに本件では前記払込株金の保管の証明がなされるに際し、他人の欺罔行為があつたことを認めるに足る証拠はなく、証人丸山幸男の「渡辺と中村が十一月二十九日に来行して現金は正午までに持参すると言つたので正午までに現金を持参してくれると思つて係から保管証明を発行して貰つた」との旨の証言すらも、証人中村栄の「丸山に保管証明を発行して貰うためかどうか私は知りませんが、同人を四、五回にわたつて接待したことがあり、その金高も相当額になつております」「被告銀行西野田支店に私と渡辺とが同行した時、同銀行の丸山が銀行の外に出て表玄関のところで私のポケツトに保管証明を入れて呉れた」「銀行の表玄関で丸山から保管証明を貰つた時多少変だと思つた」等の証言と対比してたやすく信用できないところである。従つて被告の抗弁はいずれも採用できない。

しからば被告は原告に対し本件払込株金保管証明に係る金三百万円及びこれに対する本件訴状送達の翌日であること記録で明かな昭和二十八年二月二十二日以降右支払済に至る迄商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払義務があることは明らかであつて、これが支払を求める本訴請求は正当であるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条、仮執行の宣言につき同法第百九十六条をそれぞれ適用して主文のように判決する。

(裁判官 乾久治 前田覚郎 白須賀佳男)

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